片平里菜 弾き語りワンマンツアー2016
〝ねえだってこんな世の中だしせめてふたりは上手くやっていこう〟
片平里菜
2016.06.17 fri at 横浜赤レンガ倉庫1号館ホール
open 18:00/start 19:00
純度を高めた“素朴”な歌声は
圧倒的に美しく、圧倒的に力強い
曇天続きの梅雨シーズン到来ではあったが、ひと時の天候の祝福もあり快晴に恵まれたこの日。[片平里菜 弾き語りワンマンツアー2016]の5本目、横浜公演である。会場となった赤レンガ倉庫1号館ホールは、外の賑やかな行楽の様相とは裏腹に、歴史的建築物特有の落ち着きある雰囲気が漂っていた。制服姿の10代女子を中心に年配の男性・女性ファンまで、ソールドアウトでキッチリ埋まった観客の居住まいにも、どこか緊張感を感じさせる。
そんなピリッとした空気を崩すでもなく、むしろ高めるかのようにこの日のステージは幕を開けた。開演定刻にBGMが止み暗転、水を打ったような静けさの中、赤レンガの重厚な壁を背に、真っ白なワンピース姿の片平里菜がただ一人ステージに立つ。黙々とギターを手にし、ギター・ストラップを肩にかけるカチャッという音が際立って聴こえるほどの静寂。拍手なんてできない緊張感がピークに達した時に、緩やかにアコギが爪弾かれはじめた。
“もうダメだ もえつきて おちてゆく おちてゆく”
そんな歌い出しで始まる『ながれぼしのうた』。言葉の鋭さと、優しく温かみのあるアコギ伴奏との対比が、より一層の切なさを持って胸を締め付ける。冒頭からいきなりの、その圧倒的な存在感が満員400人の目と耳と心を大胆に鷲掴みにする。かと思えば、2曲目では張り詰めた緊張を一気に解放するかのように、キュートな歌声がリズミックに響き渡る。カラフルで芳醇な香りが沸き立つような楽曲『カフェイン』。対照的な温度感を持った、最新シングル[結露]カップリング・ナンバー2曲で幕を開けた。
MCにいたってはマイペースでゆったりした、普段着的な片平里菜なのだが、先のインパクト充分なオープニングもあってか、次の展開への期待と緊張に満ちた、良い意味で構えるような空気感は会場を支配したままである。そして、そこに投下されたのは最新アルバム収録曲『舟漕ぐ人』。一切の無駄な飾りのないアコギの音色と透き通る美声。素朴さもこれほどまでに純度を高められると圧倒的に美しく、圧倒的に力強いのだ。
ライブは最新アルバム[最高の仕打ち]の楽曲を中心に展開していく。洋楽的な洗練されたものから牧歌的な純朴さ溢れるもの、バラエティ豊富な楽曲たちは、細かいテクニックも随所に見られる表情豊かなボーカルと、シンプルだが抑揚のあるアコギによって多彩に表現されていく。表現力は高いのだが、あくまでも自然で自由度も高い。そんなステージにただただ引き込まれっぱなしのような印象の客席だったが、それを察してか。
「若干緊張感のあるライブですけど、ここからは緊張感を壊していきたいと思います。赤レンガ倉庫をライブハウスと化していきましょう」
中盤で繰り出されたのは『BAD GIRL』。アルバムではシャッフル・ビートの効いた軽快なロックンロール・ナンバーだが、この弾き語りの場ではアネゴ肌なパワフルな歌い回しが特徴的なブルージーな雰囲気に。場内にハンド・クラップが鳴り響き、一気に温度を上げてライブの起伏を構築していく。さらには今回のツアーの目玉の一つでもあるツアー・タイトルを冠した楽曲『ねえだってこんな世の中だしせめてふたりは上手くやっていこう』。その場でキーワードを観客から募って即興的に歌詞を当てていくという趣向だ。若干の場当たり的な空気感も、マイペースなシンキング・タイムもご愛嬌で(笑)、ライブを“観る”だけでなく、“参加する”空間へと形作っていく。ちなみにこの日は、当日に誕生日を迎えたファンへの最高のプレゼント・ナンバーとなり、当人はもちろん、会場全体に幸せ感が満ち溢れた一曲となった。このひと幕は、ツアー残りの各地でも行なっていくようなので、是非とも乞うご期待である。
そして終盤。ここでの流れは、まるでドラマを見るかのようなメニュー構成だった。一人の少女が傷みを乗り越え、弱さを飲み込み、快活で芯の強い女性へと成長していく、そんなストーリー性を感じさせる。ステージ上の片平自身も感情の奔流に身を委ねるかのような熱量で歌い上げた『この涙を知らない』、アルバムではSCANDALが編曲で参加したポップ・チューン『Party』、コールアンドレスポンスが鳴り響き至福の一体感をもたらした『Hey Boy!』や『Love takes time』。本編ラストを飾ったのは最新アルバムのタイトル曲『最高の仕打ち』、だが、突発的に同曲を歌もアコギも生音で披露することになる。ここまでその実力をさんざん見せつけてきた彼女だったが、まだその真価の発揮には至っていなかった、と思えるほどの圧巻のパフォーマンス。アコギの音の芯も薄れる会場後方において、言葉をしっかり届かせる歌力。肉声ではその絶妙で繊細なニュアンスまでもが伝わり、息を呑むほどに美しく、強く胸に響く。場内、割れんばかりの拍手とともに本編を終える。そして…。
アンコールが響きわたる中、突如客電が点いたかと思ったら、なんと客席後方の一般入場口からTシャツ&デニム姿で普通に客席を割って片平登場。そしてツアー・グッズをはじめとした業務連絡もしっかりと(笑)。歌っている時の圧倒的な存在感とのギャップは凄まじいものがあるのだが、それがまた等身大の彼女らしさでもあるし、魅力なんだと痛感させられる。アンコールに応え、デビュー・シングル曲『夏の夜』と最新シングル曲『結露』という2曲を披露。こうして、彼女曰く「宝物のような時間」は幕を閉じた。アコギと歌という最小限のシンプルな編成ながらステージ時間2時間超、しかし感覚的にはあっという間だった。いろんな表情を見せる多彩な楽曲群の観応えもさることながら、何よりも素の片平里菜がいるということ、そして彼女のペースで自由に表現する空間であること、その居心地の良さが時間を忘れさせたような気がする。
ちなみに片平里菜オフィシャル・サイトに行くと、作品の特設ページ等で制作に関わったいろいろなミュージシャンからのコメントが閲覧できるのだが、いわゆるポップス・シーンだけではなく、パンクやロック・シーンのミュージシャンからも熱烈に支持されていることに気付かされる。多様な音楽スタイルはあれど、詰まるところ音楽は感情表現に帰結する部分は大きいわけで、弾き語りという構成において贅肉をそぎ落とした今回のパフォーマンスでは、彼女が様々なミュージシャンから賞賛される理由がよりわかりやすい形で明示されている。純度の高い感情をストレートにアウトプットできるシンガーソングライター片平里菜。まだまだツアーは前半戦である。8月12日・13日の東京・恵比寿 ザ・ガーデンホール2デイズまで、ギター1本を手に各地へ赴くツアーは続く。これからの街の人々には、是非とも彼女の才能が身体を駆け巡る、衝撃的な気持ち良さを体感してもらいたい。
[PHOTO by SOSHI SETANI]
[TEXT by GO NEMOTO]